説教 2006年6月 |
![]() 黄色の木がとってもきれい
「教会の三本柱」 |
教会が、キリストの体として活動していくにあたって、3つの側面があることを明記したい。それは礼拝、交わり、宣教である。
人間の体にとっても、食物を通してエネルギーを得ること、適度な運動をすること、それによって得た健康な体をもって働くことが大切である。教会も礼拝という神との関係によってエネルギーを得る。そして兄弟姉妹との交わりの中で、そのエネルギーが消化されていく。その結果として教会に与えられている宣教(ミッション)に励むことが出来る。 さて、一言で「交わり」と言っても色々な側面があるが、一つ「光の交わり」ということを考えてみよう。御言葉に「もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。」(第一ヨハネ1:9)とある。光の交わりとは、主を中心とした真実な交わり。本音の交わり。「罪がある」という自分を正直に表に出せる交わりのこと。そこには裁きも批判もない。共に主の十字架を見上げる交わりだ。だから「罪がきよめられる」という出来事が起こってくる。 人は誰でも、本当の自分でいられる場を求めている。自分の弱さや欠点、失敗をそのまま分かち合うことの出来る場を求めている。本当の自分を出しても、裁かれない、批判されない、でもお互いの傷をなめ合うようなものでもない、共に主を見上げることの出来る場を求めている。教会の強さというのは、交わりの真実さにかかっている。 しかし、光の交わりは大人数では出来ない。やはりここでもスモールグループが必要となってくる。
関 真士 副牧師 | ||
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6月2006年 | ||||||