説教 2007年2月


「ビジョンをもって」

「御子は、そのからだである教会のかしらです。」
コロサイ1:18

  2007年の年間聖句として導かれた御言葉である。教会がキリストのからだであることの意味の深さを求めていきたい。そのために、まず主イエスとの個人的、人格的な関係をより強固なものにしたい。イエスとの個人的な関係の強化が、横のつながり、すなわち体としての強さに反映されてくる。現在、聖日メッセージを通して、イエスとの人格的な関係に焦点を当てているが、これが、やがて教会としての強さに繋がっていくものであることを知っていただきたい。

 さて、教会が強くなる目的? それは体のかしらである主イエスの御心を充分に行なうことが出来るということだ。強さイコール健康と考えてもいいだろう。健康で強靭な体としての教会である。自分も40を越えてから体の調子が明らかに違うことを痛感している。ちょっと全力で走ったり、激しい運動をすると体のどこかが痛んでしまう。しかし、体が若い時の動きを覚えているので、つい無理をしてしまう。

 教会が、主の御心を行なうためには、どんな動きにも対応できなければならない。何か大きな働きをしたら、体のあちらこちらで傷ついたり、痛んだりしては、充分な働きを出来ない。かしらがこのように動きたいと求めているのに、その思いをキャッチできなかったり、満足に動けなければ、かしらなる主イエスの御心を行なうことが出来ない。

 教会が健康で強くあるため、まず主との個人的な関係の強化を求め、それがスモールグループにおける交わりに発展し、結果として教会全体が強化されることを求めている。何年もかかることかもしれない。しかし、健全な成長に省略はない。必要なことを一つ一つ積み上げて行って、ある時、主の御心を何でも行なえる、文字通りの「キリストの体」としての教会が建て上げられていけば素晴らしい。何といっても、私たちが求めているのは、「主の宮に、主の栄光が満ちる」ことであるから。

関真士 副牧師

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