説教 2007年6月


「神の家族として」

エペソ2:19

  今教会では、ミニチャーチの学びを始めている。現在なされているのは、STEP2としてのリーダー候補の学びである。このミニチャーチが、これからの教会の将来にとって大きな要になると信じている。その理由は複数があるが、一つの視点からその必要性について考えてみたい。
 教会は「神の家族」である。最近使用される言葉で「機能不全家族」という言葉がある。家族は、まるで歯車のように互いに影響し合いながら一つの姿を現している。学者によれば、家族が健全に機能するとは、次のような状態を指すという。それは、家族は自分を守ってくれるので安心していられる、自分の居場所がここにあるという帰属意識を持てる、励しがあるので自分の将来に希望がもてる。これら3つの要素がある時に、家族が正しく機能していると言われる。

 逆に「機能不全」であるとはどのような状態か。例えば問題のない理想的な家族に見えても、その理想を維持するために、妻が我慢している、子供が良い子を演じている、ということであれば、これは機能不全である。また例えばアルコール依存症の父親に家族全員の行動や感情が左右され、常に不安感が支配しているなら、もちろん機能不全である。
 教会は幾つかの側面を持っている。宗教法人として機能すること、経済活動が機能すること、イベントが機能することなども大切なことだ。しかし、神の家族として機能しているかどうかが、最も大切なことである。教会が機能不全家族になったらいけない。
 さて、私たちは、理想的な教会、クリスチャンを求めるあまり、本来の自分の弱さが出せないということはないだろうか。 あるいは人の行動や言動に、自分の行動や感情が支配されていないだろうか? 機能的な神の家族とは、お互いがいつもありのままでいられるということ。それは、二つの面がある。「自分は守られている、受け入れられている、期待されている」という受身の面。さらに「自分は守っている、受け入れている、期待している」という面。このように教会が機能し始めると素晴らしい。ミニチャーチとは、教会が神の家族として機能する場として最適なのである。

関 真士 牧師

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