説教 2008年04月


「リニューアル」

「私の名を呼び求めている私の民が自らへりくだり、祈りを捧げ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたし が親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地を癒そう。」
(U歴代誌7章14節)

 私たちの教会では、現在新会堂建築のプロジェクトが進められている。この時、英語部のラッセル比嘉牧師と私に同じ思いが与えられた。それは『霊的なリニューアルが、建物のリニューアルに先立つ』ということだ。
 教会の実質は、建物にではなく、そこに集う者たちの信仰的中身にある。極端な話しだが、建物がなくなっても教会はなくならない。逆に建物があっても中身がなければ教会堂はあっても教会はない。例えば、結婚式用だけに建てられた洒落たチャペルがあっても、それは教会のように見える建物であって、キリストの体としての教会ではない。だから、教会の新会堂においても、それは私たちの信仰的中身の反映でなければならない。
 会堂という目に見えるものが、目に見えない私たちの信仰の現れであるとするなら、なおさら、会堂建築を通して私たちの信仰をこの世に現していきたい。そこで現在、まず私たち教会の信仰的リニューアルを求めていこうと、日英の牧師が一致した思いをもって取り組み始めている。なんと言っても素晴らしいことは、ここに来て日語部、英語部が共にビジョンを共有し、同じ思いをもって歩もうとしていることだ。

 さて、リニューアルとは何だろう。何が新しくされるのだろう。その意味は、まず、信仰のあらゆる面において、さらに成長することである。主との関係が深まり、豊かにされ、いよいよ主に献身することだ。その結果、ソロモンの神殿を満たした栄光の雲が教会を満たすようになることだ。その鍵は、上記の御言葉にもあるように、悔い改めである。悔い改めの深さが、祝福の深さに比例する。悔い改めが具体的だと、祝福も具体的になる。
 新会堂建築の目的は、その宮に神の栄光が満ちることだ。神の栄光の臨在がなければ、ただの箱に過ぎない。いよいよ、主に近づいていこう。主のお取り扱いを受けていこう。内側の隅々まで聖めていただこう。会堂が目的なのではなく、リニューアルが目的だ。まず内側を聖めていただこう。

関真士牧師

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